新緑、快晴、鯉のぼり―ウオーカーズ例会報告―
船橋稲門会の皆さま
5月2日に予定通り第58回ウォーカーズ(京成グループ企画とのコラボ)を行いました。
当日は 日頃の参加者の行いの良さ!?もあり 前日の大雨とは打って変わった 絶好のウォーク日和となりました。
今回は 「なでしこの会」の協力(6名 他地区3名を含む)もあり 総勢は2桁越えの13名の参加と大盛況でした。
西登戸駅に10時30分集合ののち 千葉公園(大賀ハスの蓮華亭)、千葉神社、千葉城址、君待橋、白幡神社を経てゴールの千葉中央駅 13時20分着の 総距離 約7kmのコースでした。
完歩後は恒例の打上げを千葉中央駅モール内のイタリアンレストランVANSANにて開催。
和気あいあいと話が弾む中 店の人にせかされ14時40分に店をでた後は 完歩賞のバッジと、飲み物をゲットして 満足の中 解散しました。
このウォーキングの状況は いつも通り 吉川さんの名文と 添付写真にて お楽しみください。
[参加者(あいうえお順 敬称略)]
大内 澄夫(’75 商)、河野 祐子(’76 教育:佐倉)、後藤 守孝(’72 商)、小谷野 俊夫(’69 政経)
佐藤 苗穂子(’86 文)、田嶋 美登里(’14 政経:千葉)、橋本 美恵子(’15 人科)、福田 豊(’67 政経)
前田 昭子(’76 教育)、武藤 章(’69 理工)、安倉 由美子(’77 教育 白井)、吉川 文夫(’70 政経)
大山 徹(’75 理工)
船橋稲門会 ウォーカーズ 世話役 大山 徹
『5月2日、今回は私鉄グループ主催、自由参加型「さわやかウオ―ク~ちば開府900年の歴史を訪ねて~」を辿る行程。県支部「なでしこの会」からの参加者もあり13名と盛況。京成西登戸駅をスタート、周辺はかつて「千葉海岸駅」と称したように海辺の住宅地として発展したこともあり、汐見丘、松波といった町名が並ぶ。東へ総武線高架下から千葉公園を目指す。
新緑の木の間越しに「忠霊塔」を眺め、池を目指して遊歩道を進む。公園一帯は陸軍鉄道連隊の跡地で関連する遺跡もあるが整備が進み、ドーム型競輪場や体育館などが建ち並ぶ。遊歩道脇に芍薬・牡丹園、続いて古代ハス(大賀ハス)の池に至る。畔の「蓮華亭」でしばし休憩。ハスは漸く新芽を出した程度だが、隣の綿打池にはボートが浮かび、空に鯉のぼりが泳ぐ。
公園南からモノレールをくぐり、椿森陸橋で総武本線を渡る。眼下に東千葉駅、かつての千葉駅を見る。(現千葉駅への移転は43年ほど前、因みに京成線も旧千葉駅南から現千葉中央駅へと移転している。)南下して千葉神社に至る。千葉氏の氏神、今や千葉氏の鎮守の様相を呈し、参拝客も多い。かつては社寺一体であったが神仏分離で現在の姿に。楼門前の公園に千葉常胤の胸像が佇んでいる。
道はさらに南へ、浮世絵や田中一村の作品を所蔵する千葉市美術館を過ぎ、都川に架かる「大和橋」を渡ると左手に頼朝、家康所縁と伝わる井戸跡「お茶の水」から急な階段を登ると亥鼻城跡が拡がる。南から北へ突き出るような台地の北辺(猪の鼻)に千葉氏が築城したのは1026年頃とのことで、今年は「開府900年」の記念すべき年。千葉氏は後に常胤の時代に源頼朝の陣に加わり、御家人として領主として周囲を支配したが、15世紀央、内乱等により此地から本佐倉に移っている。城跡に聳える天守閣はいわゆる模擬天守、中は市立郷土博物館で文化会館、図書館と共に「文化ゾーン」を形成している。ここにも千葉常胤の勇壮な騎射像が佇む。
丘を下ると県庁、県警本部などが甍を連ねる官庁街に至る。此処には羽衣公園と呼ぶ公園がある。何でも千葉氏の某が此の地に降り立った天女の羽衣を見つけ、その後に結ばれたそうだ。いにしえ、この一帯は河口かあるいは大きな汽水湖であったのではないか?池田という地名が残る。更級日記の作者の上総国府から京への旅で、「いかたといふ所にとまりぬ。・・ふかき河を舟にてわたる。」とあり、「いかた」とは池田のこととする学者は多い。
モノレール県庁前駅を経て西へ向かい、君待橋へ。羽衣の次に「君待つ」とは何やら艶っぽいが、常胤が北上する頼朝を待っていたという伝説に因むそうだ。さらに頼朝ゆかりの白旗神社を過ぎ、ゴール「千葉中央駅」に到着。駅構内でパスタランチを満喫し、千葉市中心部の輪郭を辿る7キロの旅を終えた。』
(吉川文夫 記)
公園南のモノレール1
蓮華亭にて ソフトクリームの魅力に吸い寄せられ 一休み 一休み!
千葉神社にて1
完歩打上げ(お疲れ様!)








