番町文人通りから千鳥ヶ淵・九段へ
~ウオーカーズ実施報告~
吉川 文夫(S45 政経)
都内名所訪ね歩きの第三弾。11月15日、スタートは新宿通り。四ツ谷駅近く、通りから斜めに入るさほど広くない通りが「番町文人通り」、かつては近くの成瀬犬山藩主屋敷に因み「成瀬横丁」と呼ばれたそうだ。江戸期、四谷見附から半蔵門に至る道の北側は、徳川譜代「大番組」の旗本屋敷が配置され、九段辺りまで及んでいたという。現町名の番町はそれに因んでおり、当地区に明治~昭和初期に多くの文人達が住まいしたことから件の通り名が生まれた。
通りに入って直ぐ、島崎藤村住居跡の銘板が目に入る。大小マンションとその間を縫うように私立学校、テレビ局などが建ち並ぶ通りの其処此処に銘板や案内板。有島武郎、菊池寛、与謝野鉄幹・晶子などなど。全員が同時期に住んだということはないようだが、一種の文化村的雰囲気を醸し出していたことだろう。有島邸は後に菊池寛が住み、ここで文藝春秋社を立ち上げたという。文化村といえば、辺りには有名女学校が多く、教会、さらには見慣れぬ国旗を掲げた「ローマ法王庁大使館」も・・・
通りの外れを南へ、坂を降りると滝廉太郎旧居跡とあった。遙かにスカイツリーを眺め五味坂を下り、内堀通りを渡り、散歩道「千鳥ヶ淵緑道」に入る。右はお堀越しに江戸城北の丸を望み、左に戦没者墓苑、イタリア文化会館、インド大使館を眺めながら桜の古木の間を進む。夏が長かった為か紅葉した多くの葉が美しい。堀の高い石垣に改めて築造の技術と労力に驚かされる。
緑道の終点近く、青空に黄色に輝く銀杏と靖国の大鳥居を眺め、大山、品川両元勲の銅像に至る。了

靖国神社の 銀杏並木



東京大神宮